掲載日: 2022年2月16日
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米は、なぜ「米」というんですか?おしえてください。
「米(こめ)」の語源についてですね。
もともと「米(こめ)」とは、こくもつの「小さな実」のことをあらわしていたため、「こめ」の語源については、「こみ(小実)」とか「こめ(小目)」などという説もあります。
しかし、古代時代は、こくもつの中でもイネになる実「米」のことは「こめ」といわずに「よね」と呼ぶことのほうが多かったのです。そして、昔の書物でも、イネの実の「米」の読み方としては「よね」をあげるものが多く、今の「殻(から)」の読み方として「こめ」が見られることから、「こめ」は「こめるもの」(=「つめるもの」「入れ物」)、つまり「殻(から)」と考えられます。
このように、「こめ」の語源としては「こめる」(つめる、とか、入れるという意味、心をこめるとか言いますね。)という動作をあらわしたものが可能性が高いと考えられています。
赤米などのイネの実の「米(よね)」が、儀式で多く使われていったので、何か神聖なものが「こめ」られたもの、あるいは、生命力のようなものが「こめ」られたもの、といった意味もあったと考えられます。そして、だんだんとイネの場合も「米=こめ」になっていき、「米(こめ)」といえば、イネの実のことだけをさすようになったのではないかと思います。
「米(こめ)」はイネにつく実のことですが、では、「イネ」の語源は何でしょうか?
「イネ(稲)」の語源として考えられているのが、
それから、「こめ」をなぜ「米」と書くかですが、漢字の多くは、ものの形からできました。(ものの形から出来た文字を「象形=しょうけい=文字」といいます。)
「米」という字もイネの(穂の)形からできました。最初は、1本の横線と6本のたて線であらわされていました。
横線は、イネの穂の部分をあらわし、6本のたて線が実の部分をあらわしています。
奈良時代には、イネも「米」という字であらわしていました。植物としての「イネ(稲)」と食べものとしての「コメ(米)」が区別して使われはじめたのは、鎌倉・室町時代のことだそうです。
「米」という字を分解すると、「八」と「十」と「八」ですね。「八十八」と読むことが出来ます。このため、昔から米を作るには八十八もの多くの手間がかかると言われています。昔よりも機械化が進んだ今でも30以上の手間がかかりますが、現代の米づくりの代表的な作業を紹介します。
このほかにも肥料や水の管理、田んぼの周りの草刈りや、病気・害虫を防ぐために農薬をまいたりしなければなりません。肥料をやったり、農薬をまくのは、毎日田んぼを見て回ってよく稲を観察したうえで、やる時期を決めます。
水の管理や草刈りなど、繰り返して作業することも多く、現在の米作りでもいろいろな手間がかかります。