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新規就農物語「転がるりんごのように」3 〔松藤博人さん〕

りんご
りんご

田園
田園

第1章 新規で農業を目指す

<人々との出会い2>
 2003年の春、正式に僕は農業を始めた。山形県独自の農業プログラム「農業経営革新支援者指導事業」により、1年間の研修を「うまいくだもの園(山形県朝日町)」で受け入れてもらうこととなった。<人々との出会い1>で書いた通り、奈良崎さんの栽培方法や経営学を勉強していくこととなる。
 また、同時に「農業経営革新支援者指導事業」を通して、新たな人々との出会いが始まる。平成15年度の研修生は約20名程、その中でも飯豊町で新規就農した田中俊昭さんと、河北町で就農した田中剛さんとの出会いは「縁」を感じる。その出会いは、後のおしどり隊、新規就農者ネットワークの発足の原動力であったと信じる。同世代だったことと同じ関東出身であったことで、多分に意気投合するところが大きかったと思うが、彼らほど実直に農業を正面から捉えようとしている研修生はいなかったと思う。2人はまったくタイプの違う人間だが、推進力があった。自ら信じる理念が強いのか、毎日続く農作業が彼らを止めないのか、彼らの農業に対する姿勢には会うたび、純粋なエネルギーを感じた。僕が彼らに出会えたことはとてもラッキーで、研修現場で感じる全く異なる価値観や世代的ギャップを、「あーやっぱり俺は俺でいいんだ。」と思い立ち直らせてくれる大きな力となった。そして、何より故郷を離れ「友」と呼べる人間が2人もできたことは本当に心強かった。
 もう一人、この「農業経営革新支援者指導事業」の中で重要な出会いがあった。山形県農業会議の中村さんである。誰よりも中村さんは、僕達、研修生の大半が都会から来たことを理解していた。同時に、それぞれの受け入れ農家の事情も特色も理解していた。研修生が集まる機会があるたびに、中村さんは常に自ら進んで研修生全員と話す機会を持ち、僕等の研修状況を聞き取りながら、性格を見定め優しく理解を示し、時には的確なアドバイスまでくれた。それぞれの研修生と受け入れ農家の状況を、ほぼ完全に掌握していたと思う。僕は、中村さんという人間を通して「山形県は農業というものを真剣に考えている県なのだ」と知り得、山形県でやる農業の可能性を感じた。

<1章 まとめ>
 農業だけではなく新しく物事を始めるとき、起業する閃きは突然やってくるのだと思う。「りんご!」と思った時にパズルが勝手にはめ込まれていくように、ある程度の農業経営がイメージでき、「自分のそれまでの人生を賭けられる!」と感じられたことは、僕を突き動かした閃きであり感性そのものであった。僕は、県外から来た新規就農者のほとんどの人が僕の感じたような閃きを強く信じて就農したと思っている。自分を突き動かす鋭い閃き。これが、僕をりんご農家にさせた。また、新しく物事を始めるとき、新たな出会いの数々は必然であり、とても重要なことである。その中で「友」と呼べる人間に出会えれば、おのずと物事は良い方向に進んでいくと思っている。大人になって友達をつくることは容易いことではない。それも新規で就農するような状況下ではなおさらだ。自分と自分の農業に精一杯で、友達をつくる余裕もないはずだからだ。しかし、「起業するときに一番大切なのは、「人間」であること」ということは、ビジネスでは定説である。そして、その人間の中でも信頼できる「友」を発見することは、起業する上で大きな支えとなっていく。ビジネス上で「友」を発見していくこと、農業ではしていくべきである。


第2章 山形県で就農した理由

<適地適作>
 僕は、まずりんごが作りたかった。だから、その作物に適した農地はおのずと限られてくる。日本では青森、長野、秋田、岩手、福島、そして山形が主要産地6県である。僕は、オートバイで日本中を走り回っていたので、その土地が持つ自然の魅力を肌で感じていた。その当時、僕の中では秋田と福島はほとんど興味がなかった。青森は日本のりんご生産量の約半分を占める、自他共に認めるりんご王国である。長野県は魅力的な地理条件が揃う。東京からも大阪からも近いし、極東を代表するアルプスもあり自然は豊かだ。そして都会からの入植者も多く、比較的就農しやすい。岩手県も長野県と同じく、自然が豊かで岩手山や八幡平辺りの自然は美しい。
 では、何故青森ではなかったか? 長野県は? 実際、長野県は迷った。りんご農家の知り合いもいたし、その人から「りんご農家にでもなってみないか」とも冗談交じりで言われたこともあった。
 では、何故山形に?僕はりんごをつくってみたいと思った時に、ネットと電話で調べまくり「りんご生産だけで十分な生活するのは無理だ」と結論付けていた。食べていくことはできるが「十分な生活」はできないだろうと判断していた。それは、青森だろうと長野だろうと変わらなかった。新規で就農する大して資本のない人間には、「りんご生産だけでは十分な生活ができない」現実があった。僕は、農業で成功したかった。ただ食べていけるだけの農業者には決してなりたくなかった。だから、僕は机の上でりんごを通してさくらんぼを見つめた。山形のさくらんぼの値段は高い。他のどんな果樹も比べ物にならない(ん、沖縄のマンゴはありだな)。さくらんぼの農地が手に入れば自分の考えるくらいの「十分な生活」は出来るように思えた。りんごとさくらんぼの複合栽培でなら一人で一家を支えられる収入は見込めそうだと感じた。そんな栽培地は山形県しかなかった。僕は、両国のKFCビルで奈良崎さんと出会うまでに自分なりの適地適作を考え、りんご作りの経営後の経営も視野に入れ、山形県に興味をもった。

(つづく)



発信者/山形県立農業大学校研修部 山崎彩香

問合せ先/山形県新庄市大字角沢1366 TEL・FAX0233-22-8794

Email/nodai@pref.yamagata.jp

更新日/2006年 10月 31日

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