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新規就農物語「転がるりんごのように」1 〔松藤博人さん〕
◇第7回目となるこの新規就農者奮闘記から、僕が経験してきたリアルな奮闘をシリーズ化して、これから新規で就農を目指す者に対するアドバイスとしてみたい。
新規就農物語
『転がるりんごのように』
松藤 博人
まえがき
<No turn, I go>
ある人間が、新規で農業という業種に参入する場合、IターンとUターンに分類される。そして、僕はIターン者ということになる。
まず、僕はこの「ターン」という言葉は嫌いである。Uターンという言葉の意味はある程度納得できるが、Iターンは違うと思う。僕は、農業という職業にターンした覚えがない。それを言うならIゴーもしくはIチョイスだと思う。「振り返ったら農業があった的」な、牧歌的な気持ちで農業を選択したつもりが全く無い。また、「自然に帰ろう」的なナチュラル志向でもなかった(おっとっと、自然は大好きですよ)。もっと積極的に農業という職業を選択した。例えて言うなら、街でラーメン屋という飲食業を選び独立するように、田舎でりんご生産という農業を選び、独立したということだ。農業が大変なのは事実だと思う。しかし、それが飲食業や他の職業よりも大変な仕事だとは決して思わない。あらゆる仕事は大変なのだ。
この考え方、「農業は特別な職業ではない」と考えることこそ、これから農業を目指す人達に最も必要な基本認識であると思う。一人前の料理人を目指すように一人前の農家になれば良い訳である。一人前の料理人になろうという意識が「ターン」であろうか?それは決してturnではないgo!という強い意識が伴ってはじめて生活を支えていける職業となるのではないだろうか。
<農業に対するイメージと転換期による不安>
では何故「農業で独立する」と聞くと、大体の人が「アー大変な職業を選択したもんだ」となってしまうのか?どうして無理な苦労のイメージが農業から付いて離れないのか?
僕は、それは、
1. 人間が全般的に、体力的にも精神的にもナマケモノ化したこと
2. 他の職業よりも効率化が難しいこと(お金の稼ぎ方も含めて)
3. 農業という職業自体が、先進国ではその形態の変革を再び求められている時期にあるということ
だと思う。
1と2については、今に始まった事ではないと思う。江戸時代よりも昔から、農家に生まれた息子達の何割かは、いつもそれらの理由で、農業を継がないで村を出て、町場で奉公でもしただろうし、先進的では決してない、そんなちまちました産業に夢を持つような、人を突き動かすような動機も持てなかったであろう。それは現在でもまったく変わらない。大半の農家の息子は農業を継がない、どこそこの企業に勤めに行く。単純にその方が楽だし、効率的にお金が手に入る。
だから1と2の理由で「アー農業は大変だ」とイメージを持つ人は普通なことであり、省力化と効率化は近代文明の大きなテーマなのだから、「農業=退行」というイメージは当然と言うことなる。
3はと言うと、農業は今、戦後、庄屋様や地主様の土地が小作人に解放されて以来の、歴史的な転換期の真っ只中にあると思っている。グローバル化に伴い、世界の動きは着々と農作物の輸出入の完全自由化を目指し、土地が狭い日本では、その安価な輸入農産物に対して価格競争では勝てない。スーパーマーケット参入による市場の崩壊。そこにもって安全安心、おいしいものを願う消費者の飽くなき要求。オッと地球規模の温暖化もありましたね。日本農業にとって、この転換期はネガティブな要素だらけだ。しかし、このネガティブな要素は全て頭を揺すってじっくり考えられれば、ポジティブな意識をもつ契機となる。だって言うじゃありませんか「商売は悪いときに始めよ」って。
<健康とゆとり>
省力化や効率化を当然と思うことは、先進国で行う新規参入農業者にとって罠である。どのような職業でも、近代化された社会で生きていく限り、省力化や効率化は要求される。しかし、この当然と思うことの罠を見落としてはいけない。
まず「食」という大切さを、長い近代化の歴史の中に忘れてしまった。大半の人達は無視している。人の体は間違いなく食物から成形され、その活動を支えているという事実を無視している。無農薬有機栽培だから素晴らしい訳ではない。一つの農作物に注入されているもの、光、水、空気、温度、養分、それをつくる人の想いが、全て入っているから素晴らしい。しかし、農作物をつくるときに絶対不可欠なそれらの要素は、日々の中で当然あるものとして、そして忘れられている。農作物ができる、根本的なそのような要素の重要性や神秘性を考えることも、感謝することも、人は忘れてしまった。ルイヴィトンのバックを1つ持つのはいいだろう、でも2つめのバックのお金を「健康」になる農作物に換えさせるにはどうしたらよいのだろう。
同時に、そのような素晴らしい農産物を作れる農家も罠の中にいる。素晴らしいものは高く売って良いはずだ。手間と技術がかかって健康をつくりだす素晴らしい農作物は薬と全く同義である。それプラス、おいしいとなれば価格が高くなってしまうのが正しいはずだ。しかし、適正な値段を付けられない。
それは、ひとつに未だ市場やスーパーが相場を決めるからだ。ようやく農家が直接販売する店ができてきたが、その店舗数は、まだまだ市場の相場に何の影響ももたらしてはいない。お客様に値段が高いと言われて、どうして高いのか強い自信をもって説明できる農家の数は、それこそほんの一握りしかいない。
また、そのような農作物を人が認識して素晴らしいと思う「ゆとり」がない。何故なら生産性と効率化を追い求めた人間達が、生産性と効率化だけを追い求めた安価な農作物を、あらゆる売り場で買い求め、何気なく摂取しているからだ。人間の体は、間違いなく食物によってつくられ活動を許されているのにだ。僕は、近頃この罠を再認識している。山形の農作物はうまい。特に無農薬有機栽培のものは、作り手にもよるが本当にうまい。それは、人を「健康」にさせる要素が多分に含まれていると、僕の体が確認した。皆が皆そうではない。しかし、農作物をつくる人間も、また、それを買う人間も、本当の意味で食するという「健康」と「ゆとり」をもっていない。
「健康」と「ゆとり」は、これから農業を新規で始める人にとって、根本的な絶対のテーマであると思う。何があろうとも心身共に健康ならば農業は継続できる。また、作り手が健康でなければ農作物はできず、それを食する人はいない。「ゆとり」のない農業は健康的なものではない。四六時中働いて、遊ばず、街にも出ず、自分だけの思想で生きることは決して健康的ではない。ある程度のお金があり、余暇を愉しむ時間があり、笑いあう家族と友達がいて、農業ができることが「ゆとり」であり「健康」だと思う。そして毎日、その「ゆとり」と「健康」に感謝したい。夢を現実化していこうとするその毎日において「turn」している物事などない、常に焦ることのない機嫌の良い「go」な状態でいたい。ちょっとまじめ臭いけど、まえがきとしてはこんな感じかな、、、。
◇次回は第一章『新規で農業を目指す』です。
新規就農物語
『転がるりんごのように』
松藤 博人
まえがき
<No turn, I go>
ある人間が、新規で農業という業種に参入する場合、IターンとUターンに分類される。そして、僕はIターン者ということになる。
まず、僕はこの「ターン」という言葉は嫌いである。Uターンという言葉の意味はある程度納得できるが、Iターンは違うと思う。僕は、農業という職業にターンした覚えがない。それを言うならIゴーもしくはIチョイスだと思う。「振り返ったら農業があった的」な、牧歌的な気持ちで農業を選択したつもりが全く無い。また、「自然に帰ろう」的なナチュラル志向でもなかった(おっとっと、自然は大好きですよ)。もっと積極的に農業という職業を選択した。例えて言うなら、街でラーメン屋という飲食業を選び独立するように、田舎でりんご生産という農業を選び、独立したということだ。農業が大変なのは事実だと思う。しかし、それが飲食業や他の職業よりも大変な仕事だとは決して思わない。あらゆる仕事は大変なのだ。
この考え方、「農業は特別な職業ではない」と考えることこそ、これから農業を目指す人達に最も必要な基本認識であると思う。一人前の料理人を目指すように一人前の農家になれば良い訳である。一人前の料理人になろうという意識が「ターン」であろうか?それは決してturnではないgo!という強い意識が伴ってはじめて生活を支えていける職業となるのではないだろうか。
<農業に対するイメージと転換期による不安>
では何故「農業で独立する」と聞くと、大体の人が「アー大変な職業を選択したもんだ」となってしまうのか?どうして無理な苦労のイメージが農業から付いて離れないのか?
僕は、それは、
1. 人間が全般的に、体力的にも精神的にもナマケモノ化したこと
2. 他の職業よりも効率化が難しいこと(お金の稼ぎ方も含めて)
3. 農業という職業自体が、先進国ではその形態の変革を再び求められている時期にあるということ
だと思う。
1と2については、今に始まった事ではないと思う。江戸時代よりも昔から、農家に生まれた息子達の何割かは、いつもそれらの理由で、農業を継がないで村を出て、町場で奉公でもしただろうし、先進的では決してない、そんなちまちました産業に夢を持つような、人を突き動かすような動機も持てなかったであろう。それは現在でもまったく変わらない。大半の農家の息子は農業を継がない、どこそこの企業に勤めに行く。単純にその方が楽だし、効率的にお金が手に入る。
だから1と2の理由で「アー農業は大変だ」とイメージを持つ人は普通なことであり、省力化と効率化は近代文明の大きなテーマなのだから、「農業=退行」というイメージは当然と言うことなる。
3はと言うと、農業は今、戦後、庄屋様や地主様の土地が小作人に解放されて以来の、歴史的な転換期の真っ只中にあると思っている。グローバル化に伴い、世界の動きは着々と農作物の輸出入の完全自由化を目指し、土地が狭い日本では、その安価な輸入農産物に対して価格競争では勝てない。スーパーマーケット参入による市場の崩壊。そこにもって安全安心、おいしいものを願う消費者の飽くなき要求。オッと地球規模の温暖化もありましたね。日本農業にとって、この転換期はネガティブな要素だらけだ。しかし、このネガティブな要素は全て頭を揺すってじっくり考えられれば、ポジティブな意識をもつ契機となる。だって言うじゃありませんか「商売は悪いときに始めよ」って。
<健康とゆとり>
省力化や効率化を当然と思うことは、先進国で行う新規参入農業者にとって罠である。どのような職業でも、近代化された社会で生きていく限り、省力化や効率化は要求される。しかし、この当然と思うことの罠を見落としてはいけない。
まず「食」という大切さを、長い近代化の歴史の中に忘れてしまった。大半の人達は無視している。人の体は間違いなく食物から成形され、その活動を支えているという事実を無視している。無農薬有機栽培だから素晴らしい訳ではない。一つの農作物に注入されているもの、光、水、空気、温度、養分、それをつくる人の想いが、全て入っているから素晴らしい。しかし、農作物をつくるときに絶対不可欠なそれらの要素は、日々の中で当然あるものとして、そして忘れられている。農作物ができる、根本的なそのような要素の重要性や神秘性を考えることも、感謝することも、人は忘れてしまった。ルイヴィトンのバックを1つ持つのはいいだろう、でも2つめのバックのお金を「健康」になる農作物に換えさせるにはどうしたらよいのだろう。
同時に、そのような素晴らしい農産物を作れる農家も罠の中にいる。素晴らしいものは高く売って良いはずだ。手間と技術がかかって健康をつくりだす素晴らしい農作物は薬と全く同義である。それプラス、おいしいとなれば価格が高くなってしまうのが正しいはずだ。しかし、適正な値段を付けられない。
それは、ひとつに未だ市場やスーパーが相場を決めるからだ。ようやく農家が直接販売する店ができてきたが、その店舗数は、まだまだ市場の相場に何の影響ももたらしてはいない。お客様に値段が高いと言われて、どうして高いのか強い自信をもって説明できる農家の数は、それこそほんの一握りしかいない。
また、そのような農作物を人が認識して素晴らしいと思う「ゆとり」がない。何故なら生産性と効率化を追い求めた人間達が、生産性と効率化だけを追い求めた安価な農作物を、あらゆる売り場で買い求め、何気なく摂取しているからだ。人間の体は、間違いなく食物によってつくられ活動を許されているのにだ。僕は、近頃この罠を再認識している。山形の農作物はうまい。特に無農薬有機栽培のものは、作り手にもよるが本当にうまい。それは、人を「健康」にさせる要素が多分に含まれていると、僕の体が確認した。皆が皆そうではない。しかし、農作物をつくる人間も、また、それを買う人間も、本当の意味で食するという「健康」と「ゆとり」をもっていない。
「健康」と「ゆとり」は、これから農業を新規で始める人にとって、根本的な絶対のテーマであると思う。何があろうとも心身共に健康ならば農業は継続できる。また、作り手が健康でなければ農作物はできず、それを食する人はいない。「ゆとり」のない農業は健康的なものではない。四六時中働いて、遊ばず、街にも出ず、自分だけの思想で生きることは決して健康的ではない。ある程度のお金があり、余暇を愉しむ時間があり、笑いあう家族と友達がいて、農業ができることが「ゆとり」であり「健康」だと思う。そして毎日、その「ゆとり」と「健康」に感謝したい。夢を現実化していこうとするその毎日において「turn」している物事などない、常に焦ることのない機嫌の良い「go」な状態でいたい。ちょっとまじめ臭いけど、まえがきとしてはこんな感じかな、、、。
◇次回は第一章『新規で農業を目指す』です。
発信者/山形県立農業大学校研修部 山崎彩香
問合せ先/山形県新庄市大字角沢1366 TEL・FAX0233-22-8794
Email/nodai@pref.yamagata.jp
更新日/2006年 8月 29日
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