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新規就農奮闘記11 〔川井大輔さん〕

私の目指す農業とこれから~鶏口牛後

 みなさんこんにちは!
 早いものでもう12月ですね。1年があっという間に過ぎていきます。そして1つずつ確実に年をとっていきますね・・・(汗) あ、私12月が誕生日なんですよ!たぶん43歳になるはず・・・です。41歳までは覚えていたのですが、もう自分の年が解らなくなりました。なんで41歳まで覚えていたかって?それはですね、バカボンのパパと同じ年になったんだな~って・・・え?古いですか??・・・(笑)

(見えない部分にこそ真実があるのかも?)

 先日、東北芸術工科大学の学生さんから連絡がありました。授業で農業者のドキュメンタリーを集めて編集し、作品を作るのだそうです。全部で60人くらいの農業従事者を取材するそうですが、支援センターのほうから話が回って私の所にもやってきました。私のような適当な人間でよければという事で取材に応じました。
 
 TV等で農家を取り上げて番組を放送する時、どうしてもTV映りが良いように作っているな~と勝手に思っています。それでも良いんですけど、表面的に見えない部分にこそ農家の葛藤や苦労、真実があると思うのです。誰でも格好良く見せたいと思うはずですが、でもそれでは本来伝えなければならないこと、農家しか知り得ない闇の?部分が伝わらないのでは無いかと常々思っています。
 
 農業研修中、色々な先輩農家の体験談などを伺いました。講演をされる方は一定の成功を収めた方が多く、もっとこう「失敗したな~」っていう話も聞きたかったかなと今では思っています。良い部分ばかり見てしまったせいもあり、実際に就農してからのギャップが結構ありました。そんな自分の研修中の思いもあり、私は聞かれれば正直に色々話すようにしています。東北芸術工科大学の学生さんにも、限られた時間の中で色々と良い面も悪い面もお話させて頂きました。聞かれればお金の話もします。今自分が作っている作物で、どのくらいの経費がかかっていくら儲かっているか全部話します。まあ、大して儲かっていませんけど・・・(笑)
 でも、この「何を作ったらこのくらい儲かる」っていう情報が本当に少ないですよね。新規就農者って、その部分を一番知りたいんじゃないかと思うのです。だって、いくら入ってくるか計算出来ないと、生活していけるかどうかの判断も出来ませんから。自分の技量不足で売り上げが出ないのは仕方ないにしても、基準になる情報が少ないっていうのは問題だなと思います。

「私の目指す農業とこれから」

 この西川町は中山間地で、決して農業が盛んな土地ではありません。山形県内でも少子高齢化率の高い所です。農業者の高齢化も担い手不足も顕著ですが、大げさに言い換えればこの町は日本農業の最先端とも言えるかもしれません。少子高齢化率も担い手不足も、日本の平均の遙か先を行ってますからね。そんな西川町の農業がこれからどうなっていくのか、非常に気になります。いきなり右肩上がり!なんて事はまず無いとは思いますが、私が70歳まで農業をやるとしてあと27年ちょっと。27年後にこの町の農業がどうなっているか見届けたら、引退して競馬場の近くに引っ越してゆっくり競馬でもして過ごしたいと思います。

 あ、すみません。いきなりもう引退の話になってしまいましたね・・・笑。まだまだ頑張りますよ!
 この町に来た6年前は、「俺がこの町の農業を何とかする!」という全く根拠の無い自信に溢れていたように思います。今思えばなんと恥ずかしい奴だったのかと・・・(笑) 薄々感づいてはいましたが、これはもう個人でどうにかなるレベルではありません。行政と農協と農家が三者しっかりと組み、今までに無い発想の中から新たな事を組み上げていかないと、この重大な局面は打開できないだろうなと思います。果たしてそれが出来るのかどうか、Iターン当初のように大風呂敷を広げること無く、自分の出来る範囲の事をコツコツやりながら見守り協力していきたいと思います。JA西村山西川支所青年部の活動も少しずつ増えていますので、青年部の面々と西川町の農業について語り合いながら楽しくやっていきたいですね。とにかく無理をしない、自分の能力以上のことは出来ませんから。無理すると辛くなってきてしまい、農業が嫌になってしまうかもしれません。楽しい事、やりたいこと(だけ?)をするためにここに来たのですから。

「鶏口牛後」

 鶏飼っているからこの言葉が好きなわけではありません(笑)。もう中学生くらいの頃からですかね、実家が自営業だったので親の背中を見て漠然と小さくてもいいから社長になりたいと思っていました。私は社交的でも無いし、結構な適当人間なので、大きな組織に入って自分が動く姿は想像出来ませんでした。そういう自分への思いもあり、修行期間を経て24歳で電気屋として独立して、36歳から2度目の修行をして農家として独立しました。色々なことがありましたけども、好きなことをして生きていけるというのは悪くないですし、大きな組織で小さな歯車になるより、小さい組織で大きい歯車の方が合っている人も居ると思います。田舎暮らしが必ずしも良いとは限りませんが、都市部で疲れてしまった方々、是非一度遊びに来て下さい。美味い酒とワインとビールと山菜、あとはうちの卵と何かあるっけ?・・・をご馳走します(笑)。私は全く飲めませんけど・・・(笑)

 長かった?連載も次で最後になります。また次回!

鶏の餌にするカボチャ
鶏の餌にするカボチャ

農協青年部で作った雪下ニンジンの葉を鶏の餌にする
農協青年部で作った雪下ニンジンの葉を鶏の餌にする


問合せ先/TEL:0233-22-8794 FAX:0233-23-7537

更新日/2017年 12月 26日

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