[質問]

 ササニシキはどうやって生まれたのですか? ササニシキの歴史を教えてください。

[答え]

 「ササニシキ」は、当時の宮城県立農業試験場古川分場で昭和38年に誕生しました。父親の「ササシグレ」と母親の「ハツニシキ」の両方の名前をとって「ササニシキ」と命名されました。

 「ササニシキ」の父親の「ササシグレ」は、宮城県立農業試験場古川分場で誕生し、昭和27年に新品種として生まれました。「ササシグレ」は、それまでにないくらいに、たくさんの米がとれたので、戦後の食糧難の時代に東北地方のとれ高を増やし、米の味のレベルを高めた品種で、「ササニシキ」につながる基礎を築いた品種といわれています。

 「ササシグレ」の名前は、ふつうの稲は、稲穂が出て花が咲く時期に、稲穂が葉より長く伸びて、実った頃には穂が重くたれている様子がよく見えるのに対し、「ササシグレ」は稲穂があまり出ないために、実っても穂が稲の葉っぱに隠れてしまう「ささかぶり」の状態になってしまうことと、宮城県の民謡「さんさしぐれ」にちなんでの命名とされています。

 「ササニシキ」の母親の「ハツニシキ」は、宮城県立農業試験場古川分場で誕生し、昭和29年に新品種になりました。

 昭和28年、「ササシグレ」と「ハツニシキ」(当時は、奥羽224号という開発番号だった)の人工交配が宮城県立農業試験場古川分場にて行われました。

 当時は、食糧増産の時代だったため、麦と米の水田二毛作が奨励されていました。そのため、麦の収穫後に田植えができるような、遅植え用品種が必要でした。

 この「ササシグレ」と「ハツニシキ」の組み合わせも、そうした目標でかけあわせをした様々な品種の組み合わせの1つに過ぎませんでした。しかし、その後、奨励されていたにもかかわらず水田二毛作は減り続け、そのかわりに早い時期に田植えを始めて、たくさん米をとるようになってきました。

 ところが、この「ササシグレ」と「ハツニシキ」の組み合わせは、とれ高が多いという点でも優秀な成績を修め、冷害に強いことやいもち病に対する強さ、玄米のきれいさ、どれをとっても親の「ササシグレ」よりも優れていたために昭和39年に宮城県、岩手県、山形県、福島県で広く栽培されることとなり、昭和62年には全国に広がり、その面積はついに「コシヒカリ」に次ぐ全国第2位となったのです。

 しかし、現在では、作付面積は減少し、平成11年産で、第1位は「コシヒカリ」、第2位は「ひとめぼれ」、「ササニシキ」は、第11位となっています。

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