[質問]

 社会の資料集を見ると、コシヒカリの作付面積がこの十年以上、圧倒的に一位を保っています。これはどうしてですか。コシヒカリが一番おいしくて作りやすいからですか。コシヒカリを超える品種はまだ生まれていないのですか。
[答え]

 コシヒカリの人気の秘密ですね。

 コシヒカリは、生産量第1位の新潟県がある北陸地方から、九州・四国地方まで、北海道・青森・秋田・岩手の各県をのぞく全国43都府県で作られています。

 昭和31年に登場してから、40年以上たちますが、今でもダントツにトップで、全国の田んぼの3分の1は、コシヒカリが作られています。

 コシヒカリという品種は、お米がきれいで、味がとても良いことにくわえて、気温が高くても低くても、それなりにお米を実らせることができる品種です。花がさく時期が遅いため、北の地方ではムリですが、全国どこで作っても、しっかり育ち、きれいでおいしいお米がとれるのです。

 それで、全国の農家の人が「これは、いい!」と目をつけ、どんどん広まっていきました。ただし、背たけが長くて「くき」が弱いので、倒れやすいことと、いもち病という病気に弱いことが欠点です。

 背たけが伸びないように、肥料の量を減らしたりして作り方を工夫しています。また、いもち病もすずしくなると、かかってもあまり病気が進みません。お米が実る時期が遅いコシヒカリは、すずしい気候の中で実るため、いもち病に弱い点は、あまり問題にならないで、今まできました。以上が農家のほうからみたコシヒカリです。

 また、消費者のほうからみてみると、同じ地方でとれたお米の中で、コシヒカリとほかの品種の味を比べたら、コシヒカリのほうがおいしいといわれています。さいきんは、ねばりのあるお米を好む消費者が増えてきて、コシヒカリを買って食べている人がとても多いのです。

 もうひとつ。コシヒカリは、わりと高い値段で取引されるため、お米を売る仕事をしている人は、ほかの品種を売るよりも、コシヒカリでもうけることができる、というのも、コシヒカリが消えない理由の1つです。

 今は、消費者の人気があるものが広い面積で作られる時代です。コシヒカリのような、「くき」が弱くて倒れやすいうえに、いもち病に弱い品種は、まだまだ、未完成の品種です。ただ、おいしいだけでは、品種の力としては、不じゅうぶんです。

 私たちは、「はえぬき」を開発しましたが、この品種は、味の良さはコシヒカリと同じで、「くき」が短く、倒れにくい性質があります。また、いもち病に対しても、コシヒカリより強くなっています。また、平成8年から、全国の農業試験場で「はえぬき」を小さい面積で試しに作ってもらっていますが、コシヒカリよりも、お米のきれいさが優れていたという結果が出ました。以上のように、いくつかの点をみれば、「はえぬき」はコシヒカリを超えているといえます。

 今、全国の県から続々と新品種が出てきています。これからは、味だけが良いという品種でなく、病気や害虫に強く、たくさんとれるお米の品種も出てきます。こうした性質を改良することも、農薬を減らしたり、米作りにかかるお金を少なくすることになるので大事なことなのです。

 みなさん、品種改良をするときに、お米は「味」だけで選ぶのではなくて、いろいろな方向を向いて新しい品種を創り出そうとしている人がいることを忘れないでいてください。
[コシヒカリの本場、新潟県の農業試験場のT先生の答え]

 コシヒカリの人気について、というお話ですね。新潟県は、平成12年も10分の6の田んぼがコシヒカリです。

 コシヒカリは、今でこそ新潟(にいがた)県をはじめとする全国43都府県で作られている「王様」ですが、実は、品種になって間もない初めのころは、それほど期待もされていなかった品種なのです。

 デビューは昭和31年ですから、まだ今のように機械でお米作りをする時代ではありません。農業のための機械(田んぼを起こす、こううん機やイネかり機)が、ごくふつうに使われるようになる昭和40年ころまでは、できたお米はきれいだけれど、なかなか作りにくい品種とみられていました。

 もともと、コシヒカリは品種になる前には、どの都道府県でも「これを品種にするには、問題が多い」とみられていたようです。このころ、新潟県でもコシヒカリを品種に仕立て上げた福井県でも、コシヒカリよりも早くお米が実る早生(わせ)の品種を作ろうといっしょうけんめいでした。

 このころは、日本国内で作るお米の量が、国民みんなの食べる量よりも不足していて、たくさんお米が実る品種が「よい品種」の重要なポイントでもありました。

 当時の「よい品種」のポイントの順番は、
  1に、農家が作りやすい。
  2に、早く実る早生(わせ)である。
  そして3に、たくさんお米がとれる。
でした。コシヒカリをこのポイントと比べてみるとどうでしょう。

 将来、コシヒカリになるイネは、早生(わせ)には、ほどとおいくらい実りがおそく、せたけが高いので秋になると、お米がちゃんと実る前に、田んぼの中で倒れてしまいやすく、農家のイネかり作業が大変になりそうでした。とても作りにくい品種でした。

 また、新潟(にいがた)県をふくむ北陸(ほくりく)地方で一番おそろしい病気「いもち病」にも弱かったのです。

 さっきの1から3の、どのポイントでも「OK!」が出そうにありませんね。

 それでも品種になったのは、当時の新潟県農業試験場(のうぎょうしけんじょう)では「今に、国民みんながお米をたっぷり食べられるようになって、お米のきれいさと、味の良さ・おいしさで品種を選ぶ時代が来る。お米作りの作業が大変そうなら、作り方を研究すればよい。」と考えたからです。

 この予言がみごとに当たり、日本は昭和40年代からどんどん豊かになり、みんながたっぷりお米を食べることのできる国になりました。農業用の機械も、おそろしい病気を予防したり、なおす薬もふつうに使うことができるようになりました(これは、機械を作る会社や、農薬を作る会社の工夫と努力のおかげです)。

 こうして、みんなが「もっとおいしいお米を食べたい」「もっと高く売れる品種を作りたい」と考えることができるようになったのです。 「よい品種」のポイントの順番が、
  1に、味が良い。おいしい。
  2に、高く売れる。
  3に、作りやすい
などと変わってきて、コシヒカリが「よい品種」になってきたのです。

 初めは、この希望に答える品種とされたのは東北の「ササニシキ」でした。山形(やまがた)県でも作られる、とてもおいしい品種です。この品種は作りやすさなどから、東北地方で作るのによく合ったもので、そこがコシヒカリと少しちがうところかも知れませんね。

 今は、コシヒカリが「王様」品種ですが、これも「もっと作りやすく」「たおれにくく」「病気に強く」「早く実って」「おいしく」「きれいなお米が実る」「買うねだんが安く」などなど、よりよくしてほしいと声がたくさんある品種なのです。

 イネの品種といったときに、その性質はデビューから何年たってもほとんど変わりません。コシヒカリはデビューから40年以上、良いところも悪いところも変わっていないのです。

 コシヒカリは未完成というのは、そういう意味です。そして品種改良を今も続けるのは、その未完成な品種が、まだたくさん作られていて、そのために農家の人たちや食べる人たちが、うんと工夫をする必要があるからということでもあるのです。
 その時代その時代に、どんなお米が必要とされているのか、たとえば、とにかくたくさんの量のお米がほしいのか、それとも、たくさんはいらないから、とてもおいしいお米がほしいのか、あるいは、そこそこおいしくて安いお米がいいのかという「消費者」が求めているものは何かを知らなければなりません。

 その土地その土地で、お米を作る時の天気がちがいます。たとえば、夏に寒くなりやすい所では、寒さに強いお米を作らなければなりませんし、病気が出やすい所では、病気に強いお米を作らなければなりません。

 また、お米を作る時に病気や害虫を退治する薬の量を減らして、安心感を高め、とれたものを少しでも高く買ってもらえるようなお米や、お米を作る時にあまり手をかけないでも今までどおりとれるお米なども、農家の人のくらしを良くするために必要です。

 このように「農家の人」が求めているものは何かを知らなければなりません。

 品種ができるまでには10年の年月がかかりますから、どんなお米が必要とされているのか、いつも注意をしていなければなりません。これだと思ったらすぐに「かけあわせ」をします。新潟(にいがた)県のT先生がいうように、時代が変われば、大事だと思う性質の順番が変わってしまうのですから。

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