[質問]

 なぜ、温かいところで作られていたお米が、寒いところで、たくさん獲れるようになったのですか。
[答え]

 米が北へ北へと広がってきたのは、花がさく時期が早くて冷害に強い品種を創り出してきた、品種改良のおかげです。

 遺伝子(いでん し)の変化は、イネが育つ所の気候に合うように少しずつ起こっていきます。そのため、新しい所に持って来られたイネは、その新しい場所の天気や気温に、だんだんなれていきます。

 たとえば、東南アジアのイネをいきなり日本にもってくると、葉っぱだけを広げて、全然花がさきません。

 熱帯地方から、温帯地方へイネを持って来たり、低い平野から高い山へ持って来ると、冬が来るのが早い分、イネが育つ期間が短くなります。雪が降るほど寒くなってしまっては、イネは育ちませんから、おそく花をさかせていたのでは、イネは自分のタネ(=米)をじゅうぶんに作る時間がなくなります。

 イネにとっては初めて体験することであっても、気候の変化に対応して変わってきます。というのは、わずかな遺伝子の変化が起きるために、もともともっていた花をさかせる性質が変わり、花がさく時期がズレて、今までよりも少しだけ早く花がさくイネができてきます。

 そして、早くさくことができるようになったイネだけが、寒くなる前に自分のタネを作ることができ、そこの新しい所に残っていくのです。遺伝子の変化は、イネが育つ所の気候に合うように少しずつ起こっていきます。それがくりかえされ、だんだんと北の寒い地方へと広がってきたのです。

 答えの最初に、「米が北へ北へと広がってきたのは、花がさく時期が早くて冷害に強い品種を創り出してきた・・・・・」と書きましたが、日本に来てから寒さに強い遺伝子ができたわけではありません。イネは、もともと、寒さに耐えることのできる抵抗力(ていこう りょく)をもっていました。

 イネの「寒さに耐えることのできる抵抗力」でがんばらないといけない時期はいくつかあって、
  @芽が出る時期・「なえ」が育ち始めて間もない時期
  A「花粉(かふん)」ができ始める時期
  B花がさく時期
などがあります。

 イネにとって、一番重要なのが、Aの花粉ができ始める時期です。日本の品種で、このころの寒さに対する抵抗力が特に強いのが「コシヒカリ」などで、この血を受け継いだ「ひとめぼれ」「はえぬき」も同じくらい、特に強くなっています。

 寒さに耐える抵抗力が強いという遺伝子だけでなく、他の性質でも、優れた性質の遺伝子をもっている品種は、イネが最初に生まれた場所に多く集まっています。外国には、日本のイネと同じか、より強い抵抗力をもつ品種があるのです。たとえば、
  インドネシアの「Silewah」
  マレーシアの「Labou Alumbis」
  ラオスの「Thangone」
  中国の「麗紅新団黒谷」「昆明小白谷」
などです。

 南の方の、イネの先祖に近い所のイネが、寒さに強い遺伝子をもっているということは、イネは、もともと寒さには強いのです。冷害が起きているのは日本だけではありません。東南アジアや南アジアの山地(標高が高い所)でも起きています。

 寒さに会いやすい所では、世界中どこであっても、寒さに対する抵抗力が強い品種を植えなければなりません。ただ、寒さに強ければそれだけでいいかというと、日本の場合、実際は、収量が多くなければなりませんし、品質や味が良くなければだめです。

 収量や味を第一に考えて品種改良をすると、他の性質、たとえば、寒さに対する抵抗力が弱くなってしまった、ということが起きやすいのです。実際に、日本にある品種よりも、もともと南にある品種の方が強いということは、寒さに対する優れた遺伝子を日本の品種へ、じゅうぶんに受け継いでくることができなかったということです。

 どれもこれも全部の性質を、同時にすべて良くすることが難しいため、品種改良は大変なのです。

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