[質問]

 「赤米(あかまい)」が作られたのは、いつごろからですか。

[答え]

 日本に最初に伝わって来た時の米は、今私たちが食べているような白米でなく、米の表面が赤い色をした赤米だといわれています。今からおよそ2,500年前、縄文時代の終わりころでした。弥生文化が始まるきっかけになったともいわれています。

 赤米が作られ始めると、米はたいへんなごちそうになりました。古代人はこれを神様に供えて、祝い事の時にしか食べませんでした。この風習は現代まで伝えられ、今でもおめでたいことがあると、アズキで赤く染めたごはん=赤飯(せきはん)をたいています。アズキ入り赤飯は、赤米ごはんに色と味を似せるために、アズキの赤色を代わりに使っているのです。

 赤米は、冷たい水がかかる水田で作っても、肥料を減らして作っても、よく「くき」が増えて米が多くとれました。赤米は冷害に強かったほかに、干ばつや病気にも強かったので、奈良時代になってから白米が増えていっても、江戸時代あたりまでは、全国でかなり作られていました。たとえば、江戸時代の九州では30〜50%は赤米でした。

 江戸時代の中ごろになると、赤米を作らないようになってきました。理由は、白米より米がとれないこと、味が良くないこと、「年貢(ねんぐ)」としての価値が低いことでした。

 さらに、明治になると政府が強く白米を作るように進めたので、だんだんと赤米は姿を消し、九州の山奥や島々の田んぼで細々と作られるだけになりました。

 赤米は、ビタミンB2やミネラルが豊富で、中国では、赤米や黒米を食べると長生きをするといわれていて、病気の時や体が弱い人、赤ちゃんがおなかの中にいるお母さんはみんなおかゆにして食べていたそうです。

 赤米の現在の利用法は、おかゆ・赤飯にして食べる「古代食」のほか、赤米をついてモチにしたり、赤米を粉にして、うどん・だんご・まんじゅう・パン・クッキーなどの材料にしたり、色つきの日本酒の材料にしたりします。また、精米したカス(「ぬか」といいます)を染め物の材料にすると、ピンク色に染まります。

 赤米を田んぼで作るのは簡単ではなく、肥料のやり方、いもち病や害虫にやられないようにすること、刈り取る時期の見分け方、米を精米するやり方、など注意しなければならないことがあります。

 今は普通に食べる白米が余っている時代でもあり、赤米は健康に良いという長所をもっていることから商品としての価値も高いので、それならと、白米を作るよりも特徴のある赤米を作り、さまざまな利用法を考えて売り始める農家が増えてきました。

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